ちょっとブログで扱うにはセンシティブな内容ですが、法律相談サイトでの質問も多くなってきたしネットでの誤解も多くなってきたんで扱おうと思います。いわゆる「子の連れ去り」「子の連れ戻し」について、未成年者略取誘拐罪が成立するかです。

 

ネットでもリアルでも法律相談でよくある相談の一つで、「子どもを連れて別居した妻or夫から子どもを奪い返したら犯罪になるか?」というものがあります。最近は逆に、「子どもを連れて別居したら未成年者略取などの犯罪になるか?」というものもあります。ハーグ条約締結の影響や、SNSで高まる子どもを連れて別居する妻/夫を「連れ去り」として非難する動きがその根底にあるんでしょう。

 

この点について、条文や判例は態度をそれほど明確にしていません。ただ行為態様などから見て社会的に相当であれば犯罪は成立しないとする二つの判例(最決平成15年3月18日刑集37巻3号371頁、最決平成17年12月6日刑集59巻10号1901頁)があるだけです。表面的には。

 

ただ、実務上はかなり明確な運用があります。少なくとも現在は。

一旦同居している家から子どもを連れて別居した妻/夫から、出ていかれた夫/妻が子どもを連れ戻そうとする「連れ戻し」事案は行為態様が悪質なら未成年者略取罪などで処罰される可能性があります。一方で同居している家から、妻/夫が子どもを連れて別居する「子連れ別居・連れ去り」事案はそれ自体で未成年者略取誘拐罪はほとんど認めていないのです。

この「子連れ別居・連れ去り」事案と「連れ戻し」事案ではかなり処罰可能性に差があります。実際に先に上げた二つの判例はいずれも「連れ戻し」事案で、かなり犯行態様が悪質なケースでした。

 

なんでこのように運用に差があるのかは分かりません。考えられる理由としては、①「子連れ別居・連れ去り」事案は子どもの面倒をメインで見ている方の親が行うことが多く、行為後に子供が危険になったとは言えない、②「子連れ別居・連れ去り」事案については、民事上子の引渡の審判申立・審判前の保全処分としての子の仮の引渡の申立・面会交流審判申立などをする方法をとれば目的を達成できることが多く、未成年者略取誘拐罪を認める必要性に乏しい、③「連れ戻し」は子どもの意思や状況が分からないまま行われることが多く、子どもに対するダメージが大きく、未成年者略取誘拐罪を認める必要性が大きい、④夫婦で子どもの監護能力に差がある夫婦が多く、「子連れ別居・連れ去り」すると犯罪が成立するとすると、監護能力のない配偶者の元に子どもを置いて行かざるを得ず、かえって子どもが危険になる、くらいでしょうか。

 

ハーグ条約などの影響でこれらの運用も変わって来るかもしれませんが、少なくとも現状はこのような状況です。

 

当事者になると頭に血が上って相手方配偶者を刑事告訴したいとおっしゃる方も見受けられます。気持ちは分かりますし、私も実際当事者になればそういう気持ちになるのかも知れません。

しかし、このような現状を理解しておかないと、例えば子の引渡の仮処分の申し立てをすぐに行うといった有効な手を打てなくなります。子どもの親権を確保したい場合、今まで述べた現状を受け止めずにいることはかなりの損なので、このブログをお読み下さった方はお気をつけ頂きたいと思います。

参考文献:深町晋也「社会的相当性」法律時報95巻3号15頁